門前仲町周辺散策会① [オフ会]
10月5日に行った門前仲町周辺散策会(オフ会)の様子を本日からUPします。
写真も結構たくさん撮ったので記事は何回かに分けます
参加者は、私と横濱男さんとぼんぼちさんの3名だけでプチオフ会になっちゃいましたが
地下鉄の門前仲町駅で14:00に待ち合わせ3人揃った所で、富岡八幡宮に向かいました。
大鳥居
伊能忠敬銅像
平成13年10月20日、江戸時代後期の測量家・伊能忠敬翁の銅像が境内大鳥居横に建立され除幕式が行なわれました。
測量開始から200年を迎え、50歳を過ぎてから天文学・測量術を学んだ忠敬翁が注目を集めていますが、翁は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住み、測量旅行出発にあたっては必ず当宮を参拝していたことから縁りの地であるこの八幡宮に銅像が建てられました。
大関力士碑
神輿庫の中に御神輿が展示されてましたが、ガラスが反射して中はうまく撮影出来ませんでした
日本一の黄金神輿だそうで、2基あります。
そのうちの御本社一の宮神輿は、重量が約4.5トンあるそうです
富岡八幡宮の例祭は8月15日を中心に行われます。
その時に、このお神輿が見れそうですがお祭りは物凄い人混みみたい
手水舎
手水は、金色の鳥(鳳凰かな)でした。
狛犬は、古い感じ~
おみくじは、3種類ありました、買わなかったけどね
御本殿
富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。
周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。
世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。
横綱力士碑・大きさは高さ3.5メートル、幅3メートル、重量は20トン
明治時代に作られたらしいんだけど、こんなに大きくて重い石碑をどうやって運んだんだろうね
横綱力士碑の右側の奥の方にある永昌五社稲荷神社
そして、次は深川不動尊に向かいました。
つづく
写真も結構たくさん撮ったので記事は何回かに分けます
参加者は、私と横濱男さんとぼんぼちさんの3名だけでプチオフ会になっちゃいましたが
地下鉄の門前仲町駅で14:00に待ち合わせ3人揃った所で、富岡八幡宮に向かいました。
大鳥居
伊能忠敬銅像
平成13年10月20日、江戸時代後期の測量家・伊能忠敬翁の銅像が境内大鳥居横に建立され除幕式が行なわれました。
測量開始から200年を迎え、50歳を過ぎてから天文学・測量術を学んだ忠敬翁が注目を集めていますが、翁は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住み、測量旅行出発にあたっては必ず当宮を参拝していたことから縁りの地であるこの八幡宮に銅像が建てられました。
大関力士碑
神輿庫の中に御神輿が展示されてましたが、ガラスが反射して中はうまく撮影出来ませんでした
日本一の黄金神輿だそうで、2基あります。
そのうちの御本社一の宮神輿は、重量が約4.5トンあるそうです
富岡八幡宮の例祭は8月15日を中心に行われます。
その時に、このお神輿が見れそうですがお祭りは物凄い人混みみたい
手水舎
手水は、金色の鳥(鳳凰かな)でした。
狛犬は、古い感じ~
おみくじは、3種類ありました、買わなかったけどね
御本殿
富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、当時永代島と呼ばれていた現在地に御神託により創建されました。
周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて六万五百八坪の社有地を得たのです。
世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。
横綱力士碑・大きさは高さ3.5メートル、幅3メートル、重量は20トン
明治時代に作られたらしいんだけど、こんなに大きくて重い石碑をどうやって運んだんだろうね
横綱力士碑の右側の奥の方にある永昌五社稲荷神社
そして、次は深川不動尊に向かいました。
つづく